公開日:2026.06.08 更新日:2026.06.09
いつもご覧いただき誠にありがとうございます。
ソラノデザイン合同会社、代表の角田です。
みなさま、「模倣の欲望」という概念をご存知でしょうか?
この頃社内や、身内の界隈で話題にしたので、
この「模倣の欲望」について、コラムを書こうと思いました。
WEBマーケティングにおいても、個人的には人生においても、大切な概念です。
では書いていこうと思います。
目次
人は「誰かの欲望」を模倣する
WEBマーケティングは、砕いていうならば、
「人に何かを、欲しいと思ってもらう」仕事です。
ではこの「欲しい」「欲」というのは、どこから生まれるんでしょうか?
その欲望は本当に自分のものか、誰かの模倣の欲望か。
例えば
- 高級車が欲しい
- 腕時計が欲しい
- 結婚したい
など、人はいろんな欲求を持っていますが、
それは本当に、あなたが心から欲しているものでしょうか?
「あの人が持っていてかっこよかったから」
「周りは皆結婚して幸せそうだし」
「みんな持ってるから、私も欲しくなった」
「好きなモデルさんが着ていて、憧れて」
「あの人が持ってて良さそうだったから」
人間の大半の欲望は、この「模倣の欲望」なのではないかと感じています。
模倣の欲望はWEBマーケティングに転用できる
ここ数年、巷では、インフルエンサーマーケティングが流行していました。
なぜ、インフルエンサーマーケティングが、効果を出しているのか。
それこそが「模倣の欲望」をWEBマーケティングに転用している好事例です。
「あの人の持っているもの、私も欲しい。」と、
エンドユーザーの模倣の欲望を刺激しているんですね。
ただ、何も考えず、「インフルエンサーマーケティング」を行う。
ただ、何も考えず、「差別化」を行う。
これは意味がないと、私は考えています。
参入障壁の作れない「差別化」は、
ただただSOM (Serviceable Obtainable Market:獲得可能市場)を狭めているだけで、
参入障壁のない差別化は、そこが儲かるとわかればすぐに他社が参入します。
そんな差別化に意味はありません。
そもそも「模倣の欲望」が厄介なのは、それが欲望を生むだけでなく、構造的に競争を生むからです。
誰かが欲しがっているから、自分も欲しくなる。
だとすれば、儲かっていると分かった瞬間、他社も同じものを欲しがる。
差別化が模倣されるのは当たり前で、模倣の欲望が働くこの世界では、
参入障壁のない差別化は最初から「真似される前提」のものなんですね。
参入障壁を作れない「差別化」だったら、
もう少し、市場を広げても良いのでは?とも思います。
同じように、この「模倣の欲望」を作れないインフルエンサーマーケティングは、多くの場合、機能しません。
(あくまで自社のケースです)
差別化であれインフルエンサーマーケティングであれ、
その事象の本当の意味を、深掘りすることはマーケティングにおいて、
とても大切なんですね。
人生軸でも、理解するべき「模倣の欲望」
模倣の欲望は、ある本では、別名「薄い欲望」とも言われています。
人間の欲望の中で、本当に自分の中から湧いてきた欲望というのは、全体の1割。
強い欲望です。
残りの大半は模倣の欲望 = 薄い欲望と言われています。
普段私たちは、自分が感じている欲望が、
「模倣の欲望=薄い欲望」なのか、
「本心の欲望=強い欲望」なのか、
自覚する機会は少ないです。
しかし、例えば私でいう「起業」などは、
幸い「本心の欲望=強い欲望」でした。
この歳になったので恥ずかしげもなく言えるのですが、
私は自分の我を通すのが子供の頃から好きでしたし←
何か大きいことをしたいという欲求を、常に持っていました。
自分は人とは違う、なんて思いたい、浅はかなプライドも、
恥ずかしながら、今でも少し持っています←
口に出すと馬鹿にされたり揶揄されたりしそうな欲望ですが、
この歳になって素直に自分の本心や、
恥ずかしい感情も認めることができるようになってきました。
自分の欲望と素直に向き合い、
模倣の欲望と本心の欲望を区別した結果、
- 何か大きいことをしたい
- よい音楽に触れていたい
- 仲間と何か大きな目標を目指し達成したい
- 年に数回は、仲間と酔っ払って煙草を吸っていたい
- 「仲間」と人生を過ごしたい
は、私の中で「本心の欲望=強い欲望」です。
(絶賛禁煙中ですが)
反面、例えばいい車が欲しい、腕時計が欲しい、
良い服を着てオシャレと言われてみたい、
なんて思ったこともありましたが、
今振り返ると、それは「模倣の欲望 = 弱い欲望」でした。
不思議なもので、「模倣の欲望 = 弱い欲望」は満たされても、
幸福感はそんなにも長続きしません。
また、もし手に入れていない時でも、
「模倣の欲望 = 弱い欲望」は、突き詰めきれないんです。
起業に例えるとわかりやすいのですが、
例えば自分が起業したいのではなく、画面の中の誰かに憧れて起業した方は、
申し訳ないですが、私から見ると「模倣の欲望 = 弱い欲望」に見えます。
その人は本当に起業をしたいのではなく、対象を模倣したいのです。
もちろん、最初は誰かへの憧れから始まったものが、いつの間にか自分の本心になっていた、ということもあります。
模倣がすべて悪いわけではありません。
ただ、私の場合を振り返ると、最後まで突き詰められたのは、やはり自分の内側から湧いてきたものだけでした。
あくまで私はですが、
「模倣の欲望 = 弱い欲望」は、突き詰め切れない。
リスクもとれない。
手に入れても、幸福感が長続きしない。
反面「本心の欲望 = 強い欲望」は、
突き詰めるし、リスクも取れる。
そう思い人生を設計しています。
「本物の欲望」 は、
長時間労働をしようが、
それを揶揄されようが、
何かを馬鹿にされようが、気にせず結局続けて、
なぜだか達成する。
全ての意思決定が「誰かにどう見られるか」「誰かのようになれているか」ではなく、
「目標を達成するのにどうしたいか」という、純度100%の意思決定で決まる。
そして、「本物の欲望」の対象は、
ひとたび手に入れると、幸福感が長続きする。
自分が人生を賭けるのであれば、
私はこの「強い欲望」に人生を費やすべきだと考えています。
人生を賭けない些細なこと、
例えば、「彼が食べてるカルボナーラ美味しそうだな、俺も頼もう!」
とかは、全然、模倣の欲望で良いと思いますし積極的に欲していきましょう。笑
模倣の欲望と、本物の欲望は、見分けるのが難しい。
模倣の欲望を提唱した「ルネ・ジラール」という方。
彼の主張の怖いところは「人は自分の欲望の起源を構造的に誤認する」という点です。
例えば私が自認している、「自分は人とは違うと思いたいプライド」は、
ジラール的にはもっとも模倣的な欲望(他者との差異化の欲望=他者を媒介にしている)に分類される類のもの。
この「模倣の欲望」と「本物の欲望」の判断は、
私自身いまだに私と向き合っていますし、
もしかすると私は、模倣の欲望以外の欲望を、持っていない可能性すらあるんです。
まだまだ突き詰めがいのある、概念。
それが「模倣の欲望」なんですね。
「模倣の欲望」と「本物の欲望」の見分け方
長時間幸福度が持続すれば「本物の欲望」
模倣した心当たりがなければ「本物の欲望」
諸説ありますが、
私は、本物の欲望と、模倣の欲望を区別するには、
そんなロジカルに、線を引いて判定してては、たどり着けないと思っています。
本物の欲望と、模倣の欲望を区別するために必要なのは、
圧倒的な自分への素直さ。
他者からどう見られるかなんて、どう思われるかなんて、
そんな小さなプライドを捨てて、自分自身の心に耳を傾けられるか。
いかに素直になれるか、それだけな気がするんです。
今私が、事業とWEBマーケティングに、実際に「模倣の欲望」を転用している事。
私は、誰かの支援をすることがそんなに嫌いじゃありません。
裏方に回ることについては、意外と平気です。
なぜなら私の本心が、ちょっと裏方にいるくらいのほうが、かっこいいと思っているから。
バンドだとピアニストやギタリストが好きなんです。
ボーカルほど派手にフロントに立ちたくはないが、
ある程度「承認欲求が満たされるポジション」&「裏方」の良いとこ取りがしたいのです。←
今、新規事業をひとつ、仕込んでいるんですが、
それは部下の持つ「本物の欲望」を、
私が支援する形の座組を、取ろうとしています。
私は大きいことはしたい、仲間と何かを成し遂げたい欲望がありますが、
具体的な「世の中に対してこういうことをしたい」という強いビジョンがないのが、
経営者としての大きな弱みです。
反面、部下は、
「⚪︎⚪︎な人たちに、こういう時間を提供してあげたいな。」
「⚪︎⚪︎な人たちを支える仕事がしたいな。」
という、
少なくとも私が見る限り、
「本物の欲望 = 強い欲望」を持っているように見えました。
だったら利益相反しない。
新規事業は、経営者の本物の欲望と、(これから増える人たちを含め)部下たちの本物の欲望が、
交差する地点で立ち上げよう。
更に、市場・これまでの積み上げ / アセット、時代が合うところで、勝負しよう。
そう思い、今まさにビジネスモデルに、
「模倣の欲望」を理解した上での意思決定を実装しています。
他者が介在する欲望は、全て模倣の欲望?
「あの人みたいになりたい」「あの人には負けたくない」など、
ジラールの理屈で言うのであれば、
「他者を媒介する欲望」は、模倣の欲望であり、本物の欲望ではない。
彼は、欲望の対象と、自分との間に、他者が介在しない欲望こそが、
本物の欲望と定義しています。
私は私の「本物の欲望」を
- 何か大きいことをしたい
- よい音楽に触れていたい
- 仲間と何か大きな目標を目指し達成したい
- 年に数回は、仲間と酔っ払って煙草を吸っていたい
- 「仲間」と人生を過ごしたい
と書きましたが、
もし他者を介した欲望が全て模倣の欲望なのであれば、
私の本物の欲望は、
- 何か大きいことをしたい
- よい音楽に触れていたい
の2つなのかも。
エンドユーザーが「本物の欲望」を持つプロダクトを
「模倣の欲望」を利用したマーケティングにも触れてきたこのコラムですが、
あくまで、一番大切なのは「本物の欲望」というのが、私の主張です。
それは私たちの人生にとっても、
ビジネスにおいてもそうです。
模倣の欲望は、弱い欲望。
長続きしません。
プロモーションに模倣の欲望は使えますが、
プロダクトには「本物の欲望」を刺激する商品力が必要です。
この商品が欲しい。
他のじゃなくて、これが良い。
そうエンドユーザーに言わせることができるか。
新規事業も既存事業も、日々鍛錬の日々です。