公開日:2026.08.12 更新日:2026.08.13
いつもご覧いただきありがとうございます。
ソラノデザイン代表の角田です。
今年はある新規事業仕込みの年ということもあり、かなりタイトに動いています。
まだ実現していないので恥ずかしい目標ですが、
「こういう仕事で生きていきたい、こういうことを成し遂げたい」
とベンチマークしたことに対して純粋に取り組む、
そういう意味では、進められてる満足度はあります。
コラムの更新は止めたくないので、
今回は「AIによるクリエイティブの変化と業界変化に関する、2026年8月時点の考察。」というテーマで、
久しぶりにコラムを更新していきたいと思います。
宜しくお願いいたします。
目次
AIによるクリエイティブの変化と業界変化に関する、2026年8月時点の考察。
すごいですね、AI。
わたしもだいぶ、日々のスケジュール管理や意思決定が楽になりました。
まだ市場が成熟していないので、今は事業として立ち上げるタイミングではないですが、
市場が成熟しそうになったら私も、AI導入コンサルという流行の事業に、
手をつけてみるつもりではありますし、
流行りに乗っかる事業家とは違い、
圧倒的な勉強量・学習力を担保した上で参入できる自信があります。
KPI達成や広告のROI改善に本気で実績を出したことのない事業者には、
手の出ない結果を引っ提げ、参入するつもりです。
ファーストランナーになるのではなく、
ラストランナーの方が明らかに美味しい。
そしてこの頃、そんな目標のためにAIを勉強していて感じるのは、
本コラムのテーマとしている、
AIの登場による、クリエイティブに関する変化についてです。
事業的にはネガティブ、クリエイティブとしてはポジティブなAI。
個人的には、クリエイティブ業界に対するAIの登場は、
経済的にはネガティブだということは、変わらない思いです。
おそらく、AIの進化に比例して、
言葉を厳しくすれば「必要とされないプログラマー」「必要とされないデザイナー」は増えていくでしょう。
申し訳ないですが、「ライター」などの職業は無くなると言うのが、現実的な未来予想でしょう。
(小説家など、クリエイティビティが強い領域はのぞいて)
ただ、経営的な視点を除いて、
個人の
倫理的には、AIがより進歩しても、
「必要とされないプログラマー」「必要とされないデザイナー」と将来揶揄されてしまう人にも、
仕事があるべきだと思いますし、雇用が守られるべきだとは思います。
しかし、資本主義は「競争」。
理想と現実は違うもの。
難しいのは、倫理観と経営としての意思決定の両立です。
幸い、リスクヘッジとして、「弊社はAIに代替されない人材しかいない体制」をずっと、意識しています。
「今人を増やせば、短期的には事業が伸びる。」という時期にもグッと堪えて組織拡大を抑えてきました。
他社が「本当はAIで代替できる人材」に払っている人件費。
例えば、ボーナス込みで月平均30万円の人材。
企業が実際に負担しているコストは、それだけでは済みません。
社会保険の会社負担分だけで約1.15倍。
採用費や教育費、設備、間接部門のコストまで含めれば1.3〜1.5倍というのが一般的な見方です。つまり、月30万円の人材に、実際は40〜45万円かかっている。
仮に、そういう人材が弊社より5人多い会社があるとします。
月に200万円以上、コストが多い計算になります。
ただし、これだけでは片手落ちです。その5人も売上を生んでいるからです。
問題は、その5人が生む粗利が、人件費を上回っているかどうか。
上回っていないなら、その差額はまるごと損失です。
そしてAIで代替できる業務にしか従事していない人材は、まさにその状態に陥りやすい。
反面、AIに代替されない人材だけで回している企業には、その分の余剰資金が毎月発生する。
毎月200万円あれば、地方であれば広告で業界を制圧できると感じています。
しかしこの事実は、私にとってはネガティブな事実です。
私も会社を守らなければいけないので、
現実に合わせて意思決定はしますが、
今書いたのは、
「人間として正しいと誇れる」意思決定ではなく、
「経営として正しい」意思決定です。
自分の中の漢気に反する意思決定が、多々必要になったなと感じています。
しかし、
本来、努力した人は報われるべきだと感じる一方で、
AIによって、私たちの業界にはそうでない未来が待っているという現実を、
受け止め経営する必要があるというジレンマを感じています。
守れる範囲の狭さ
クライアント様を除いて、
「どこまでの人を守れるか」の範囲は、
まだまだ狭いソラノデザイン。
結局、「売上利益」や「実力」だなと感じています。
綺麗事を並べてた若い頃もありましたが、
結局利益がなければ、昇給や雇用、取引も、
なにもかも守れません。
守れる範囲が狭い。
当然、会社を続ける上で、
今のメンバーを守れるよう、
狭いながらにあの手この手で努力したり、
「合理的な意思決定」をしたりしています。
私にも理想論はありますが、
「本当はもっとこうしたい」を今すぐ実装すると、
本当は守れたものまで壊れていく気がしています。
「本当はもっとこうしたい」といった、
理想とする倫理観を将来大切にするためにも。
今はとにかく、タイトに働く時期なのだろうと感じていますし、
そのためのビジネスモデルを見つけ、挑戦し、伸ばしていきたいですね。
そもそも私は「伸ばすべきビジネスモデル」すら作れてない
少し話はそれますが、
みなさま「規模の経済」という言葉をご存じでしょうか?
事業の規模が大きくなるほど、商品一つあたりの製造や調達コスト(単位あたりコスト)が下がり、競争力が強くなることを、
「規模の経済」と呼びます。
簡単に言えば、「大きくなるほど、一つあたりが安くなる」構造です。
ただし、これには裏があります。
規模の経済が効かないモデルで規模だけを追うと、コストは下がらないまま、管理と調整の負担だけが増えていく。「規模の不経済」と呼ばれる状態です。
私たちの運営する雑貨小売事業は、本来なら規模の経済が効く商売です。
ただ、今の私たちはまだ、これだけリスクを取り努力しても、その手前にいる。
そしてWEB制作は労働集約型で、人を増やしても一件あたりのコストはほとんど下がりません。
正直、私は起業家として、そもそも「従業員を増やして良いビジネスモデル」すら作れていない小物だと自認しています。
規模の経済が効かないモデルで人を増やすと、代わりに規模の不経済だけが来る。
今のモデルで人を増やせば増やすほど、
スタッフも私も、疲弊するでしょうし、
通せない義理も、通したい正義感も、積もり積もって私はダメになると思います。
AIの登場はクリエイティブにおいてはポジティブ
話を戻しまして。
AIの登場はクリエイティブにおいてはポジティブだと感じています。
仕事に例えるとややこしくなるので、私の大好きな音楽にたとえます。
大好きなギタリストのジョン・フルシアンテは、
2015年のインタビューで「今の自分にはaudience(聴衆)がいない」と語ったことがあります。
これは後に本人が補足していて、ファンを軽んじたわけではなく、「創作するときに頭に思い浮かべる相手」がいない状態を指していたそうです。
誰かに聴かせるつもりで作ることをやめた、という意味です。
彼は2015年、自身のサイトに掲載した文章で、創造することと金を稼ぐことは別物であり、売るつもりの有無に関わらず、音楽は音楽を愛するがゆえに作られるべきだ、という趣旨のことを書いています。
AIの登場によって、音楽やデザイン、あらゆるクリエイティブが、
コモディティ化(品質や機能の差が小さくなり、どこで買っても同じように見えて、価格でしか選ばれなくなる現象)すると思っています。
これは経済的には大きな損失ですが、
反面、
売るための音楽、評価されるためのデザイン、
というのは成り立たなくなり、
「真に表現したいことを、表現するためにデザインする」
「真に表現したいことを、表現するために音を紡ぐ」
デザイナーやアーティストしか、
いなくなると思うんです。
クリエイティブは資本主義から離れてより純粋さを増し、成長するはずだと感じています。
「創作の趣味化」
とも表現できますが、
「純粋な創作への回帰」とも言えると思います。
売れないから作らなかった人が、作るようになる。
予算がないから諦めていた表現が、実現できるようになる。
「売れる形」に縛られ削られていた表現が、削られなくなる。
繰り返しになりますが、
クリエイティブは、資本主義から離れることで、
純粋さを増し、そして育っていく。
反面、仕事として、承認を満たす装置や、能力を評価される装置としてのクリエイティブが、終わりを迎える。
これはつまり、濁りのない、真の創作欲求から生まれた作品しか、
作らなくなる、ということです。
我々クリエイティブ系の仕事を行う人間にとって、
経済的には大打撃なAIですが、
「表現・アート」という側面については、ポジティブな変化をもたらすと、
私は感じています。
クリエイティブは表現することに意味があり、
誰かからの評価という副次的な利益は、クリエイティブの本質ではないからです。