公開日:2026.03.09 更新日:2026.03.10
目次
2021年にスタートした、2事業目のビジネスモデル選定で見誤ったこと。
ソラノデザインを経営する中で、2021年、私は2事業目を仕込み、2022年に立ち上げました。
それが、雑貨小売事業です。
当時の私は、単に売上を増やしたかったわけではありません。
もっと属人性が低く、スタッフの感情が動く仕事をしたかった。もっと積み上がっていく仕事をしたかった。そして、できることなら、ファンビジネスをやりたかったのです。
お客様に選ばれ、共感され、好きになっていただき、少しずつ関係が深くなっていく。自分たちの世界観をつくり、それに共感してくれる人が集まる。そういう事業は、当時の私にとって、WEB制作とはまた違う魅力がありました。
ただ今振り返ると、あのときの私は、ビジネスモデルの表面に惹かれすぎていて、事業のコアを見誤っていました。
当然、自分たちが作ってきたブランドを誇りに思っていますし、大好きなブランドです。
しかし敢えてこのコラムでは、この事業における「経営者としての後悔・次への学び」をテーマに、筆を進めていこうと思います。
雑貨小売事業の本質を、当時の私は甘く見ていた
雑貨小売事業の本質は、世界観づくりや発信力だけではありません。
むしろ小売事業のコアは、原価率コントロールとキャッシュフローコントロールにあります。
イオンさんに店舗を出した今は、来客率、レジ転換率、客単価、リピート率をKPIとして追う日々です。
この「数字」という事実を、私は当時、甘く見ていました。
当時スタッフに対して「数字は大切だ」と言いながら、一番数字に甘かったのは、経営者である私でした。
WEB制作事業において、原価の大半は人件費です。
正確に言えば販管費ですが、少なくとも在庫を大量に持つ必要はなく、仕入れのタイミングと販売のタイミングが大きくずれることも少ない。
案件ごとの採算管理は必要でも、小売のように「売れる前に現金が出ていき、売れ残れば資金が寝る」という構造とは、難しさの種類が違います。
しかし雑貨小売は違いました。
仕入れの判断を誤れば、在庫が積み上がる。在庫が積み上がれば、現金が減る。現金が減れば、次の仕入れも広告も採用も守りも弱くなる。
しかも、ひとつひとつの商品の粗利が薄ければ、少しの判断ミスがそのまま経営を圧迫します。
極端にいうならば、年商が増えれば増えるほど、危険度が増す側面が、小売事業にはあります。
今なら当たり前に思えるこの構造を、当時の私は頭では理解したつもりでも、身体では理解していませんでした。
市場調査の甘さが、後から重くのしかかった
市場調査も甘かったと思います。
雑貨の原価率は、上場企業でも55%前後に着地していることが珍しくありません。
つまり、優秀な企業ですら、売上の半分近く、あるいは半分以上が原価として出ていく厳しい世界です。
この現実を、私は事業選定の時点で、もっと重く受け止めるべきでした。
- かわいい商品を集めれば売れるかもしれない
- 強いコンセプトやビジョンがあれば売れるかもしれない
- ファンがつけば伸びるかもしれない
- 世界観をつくれば戦えるかもしれない
もちろんそれらは大切です。
ただ、原価率の高い小売では、それだけでは会社は守れません。
どれだけ世界観が美しくても、粗利が足りなければ、組織は壊れます。
どれだけファンがいても、キャッシュフローが詰まれば、理想は継続できません。
そして後から数字を冷静に見返したとき、さらに重く感じた事実がありました。
月商が250万だった頃、手元に残っていた粗利と、月商が70万だった頃、手元に残っていた粗利を計算すると、なんと同じだったのです。
売上だけを見れば、250万と70万では大きな差があります。
しかし、原価率や販管費、運営コストまで含めて見たとき、経営者の手元感覚として残るものは同じだった。
この現実を今はポジティブに捉えています。
私にとって、このことを肌感覚で経験できたのは、かなり大きな学びでした。
一見、売上は伸びている。一見、粗利も増えている。しかし、スケールとともに増える販管費まで含めて見ると、思ったほど手元に残らない。
そのときネックになっていたのが、原価率でした。
つまり、売上を伸ばすことそのものが正義なのではなく、どの原価構造で、どの粗利構造で売上をつくるのかが、事業の生死を分けるということです。
この経験を通して、なぜ多くの雑貨店が化粧品やアパレルなど、より粗利の取りやすい領域へ広げていくのか、その理由も後から理解することになりました。
事業コアと組織設計の関係を、私は理解していなかった
原価、キャッシュフローという事業コアにもかかわらず、私はこの事業の創業時、これらの数字に細かいメンバーで組織を構成しませんでした。
これは大きな設計ミスでした。
当時は、善意があり、雰囲気がよく、前向きで、一生懸命な人たちがいて、それなりの給与を払っていれば、トラブルは多少あってもチームは進むと思っていた部分があります。
しかし、原価率と資金繰りが事業の中心にあるビジネスモデルにおいては、そこに厳しく向き合う人間が最初から必要だったのです。
どれだけ人柄がよくても、どれだけ想いがあっても、数字を見ない組織は長くは持ちません。
結果として、組織は成り立たなくなりました。
事業は倒産寸前まで追い込まれ、経営者である私自身も、過重労働で体調的にかなり危ういところまでいきました。
あの時期を思い返すと、つらかったという言葉では足りません。
資金のことを考え、売上のことを考え、人のことを考え、責任のことを考え続ける日々でした。
誰かのせいにしたいと思ったことがなかったわけではありません。
けれど、今ならはっきり言えます。あれは、経営者である私の設計の甘さです。
善意だけでは、会社は守れない
事業領域の選び方、市場調査の深さ、原価構造への理解、キャッシュフローの読み、組織の初期メンバー設計、誰を採用し、誰に何を任せるか。
すべて、経営者の責任です。
私はその経験をするまで、「無能な善人より賢い邪悪」という考え方をかなり強く否定していました。
そんなのは乱暴な物言いだと思っていましたし、あまり好きな考えでもありませんでした。
ただ、経営の現場で人や組織やお金、自分自身が壊れていく現実を見たとき、そこに多少なりとも真実味があることを認めざるを得ませんでした。
もちろん、邪悪であるべきだと言いたいわけではありません。
ただ少なくとも、善意だけでは会社は守れない。
優しさだけでは雇用は守れない。
空気の良さだけでは給料は払えない。
理想や夢だけでは、事業は長く継続できない。これは現実でした。
数字を重視した結果、社員の生活と組織の安定は改善した
そこから私は、考え方を大きく変えました。
- 徹底して原価率をコントロールすること
- 何よりも売上と粗利を大切にすること
- 感覚や雰囲気より、まず数字で判断すること
- 「いい人であること」より先に、「会社を存続させられること」を重視すること
そうしていった結果、社員の生活、関わる業務委託メンバーの給与は改善していきました。
売上も、粗利も、原価率も改善していった。
そして結果として起きたのは、社内ストレスの低減とキャッシュの増加でした。
これは、単に利益が増えたからだけではありません。
数字を基準にすることで、判断基準が明確になり、優先順位が揃い、感情だけで衝突する場面が減ったからです。
利益が足りなければ、誰かが無理をすることになります。
粗利が足りなければ、現場が疲弊します。
原価率が高すぎれば、少しの売上不振で組織内の責任を持つ誰かが緊張状態になります。
つまり、売上と粗利を守ることは、人を守ることでもあったのです。
ただ一方で、現実はまだ甘くありません。
今はスタッフの給与はこの事業から出せています。
しかし、結局、経営者である私の給料は、未だこの事業から出たことがありません。
この事実は、この事業の厳しさをとても象徴していると思います。
事業として一定の規模をつくり、スタッフの雇用を守れるところまでは来た。
しかし、経営者自身が十分に報われる構造には、まだ至っていないのです。
私はこの現実を、悲観だけで捉えているわけではありません。
むしろ、経営や事業に対する理解が深まった結果として、次の意思決定に活きる学びだと受け止めています。
2025年に知った、雑貨小売という領域の限界
その後さらに経営を続ける中で、2025年にもうひとつ痛感したことがあります。
それは、雑貨小売という領域自体の限界です。
どれだけ改善しても、雑貨の原価率では限界がある。
当然、企業努力で改善できる部分はあります。
商品構成、価格設定、販促、CRM、在庫管理、仕入れ交渉。あらゆる工夫はできます。
でも、業界全体の構造として、どうしても粗利に天井がある。
つまり経営者としてどれだけ頑張っても、長期で見たときの安定性や、守れる人数や、社会変化への耐性には限界がある。
この事実を、私は2025年になってようやく、より深く理解しました。
そして私は、その原因を経営者として重く受け止めています。
- 時代と事業の相性
- 事業と経営者の相性
- 高い原価率という構造そのもの
- 「多くの人が賛成していないけれど、あなただけが知っている真実は何ですか?」という問いに答えられるビジネスモデルではなかったこと
これらが複合的に重なり、この事業の現在地をつくっている。その現実から、私は目を背けるべきではないと考えています。
最初の事業領域選定時に、もっと問うべきだったこと
最初の事業領域選定の時点で、もっと問うべきでした。
- このビジネスは、30年続く可能性があるのか
- このビジネスは、原価率の面で守り切れるのか
- このビジネスは、「多くの人が賛成していないけれど、あなただけが知っている真実は何ですか?」という問いに、ちゃんと答えられるモデルなのか
正直に言えば、当時の私が選んだその雑貨小売事業は、この問いに強く答えられるビジネスモデルではありませんでした。
良い事業ではあっても、構造的優位が強いとは言えない。
感情的魅力はあっても、長期耐久性の設計としては弱い。
参入障壁も、再現性も、採用市場との接続も、十分に詰め切れていなかった。これは、やってみたからこそ分かったことです。
ピーターティールの「すべてにYESと答えられるべき7つの問い」が、
この頃深く刺さります。
- 漸進的な改善ではなく、画期的なテクノロジーを生み出すことができますか?
- 今がビジネスを始めるのに適切な時期か?
- 小さな市場で大きなシェアを獲得してスタートしていますか?
- 適切なチームがありますか?
- 製品を人々の手に届ける明確な方法はありますか?
- 市場での地位は 10 年後または 20 年後も維持できますか?
- 他の人が知らない独自の秘密を見つけましたか?
次は、誰もが安心できる設計で事業をつくる
だからこそ今、次に事業を設計するとしたら、私は違う考え方をします。
次は、誰でもできること。言い換えるなら、特定のカリスマや、属人的な熱量や、限られたセンスに依存しすぎないことです。
そして、次、私が次に欲しいものは。
うちに所属するメンバーの「与信」が上がる、そんな盤石なビジネスモデルと会社です。
そのためにも、次のゼロイチは、いつもの業務委託メンバーや、信頼できる経営者仲間の数人で立ち上げる。
そして立ち上げ後は、採用市場の平均値で人が入り、平均的な人材でもスケールできる。その構造を、最初から設計する。
一見すると、夢がない話に聞こえるかもしれません。
でも私は、結果的にそれが、関わる全員を幸せにしやすいモデルだと思っています。
- 1から10の過程で、市場の平均値で回らない事業は長続きしない
- 経営者の気合いで埋める事業も、いつか限界がくる
- 高い能力や特殊な感性を持つ一部の人に依存する事業は、組織として脆い
だから次は、誰もが救われる設計にしたいのです。
- 数字に強いこと
- 粗利が残ること
- キャッシュフローが安定すること
- 長期で続くこと
- 平均的な採用市場の中で組織化できること
- 関わる人の生活を守れること
そして今、私は2事業を運営しながら、3事業目の仕込みをしています。
これは、今の事業を否定したいからではありません。
今の事業には、愛着もあります。
むしろ、実際に苦しみ、数字を見て、構造の厳しさを理解したからこそ、次はもっと設計段階から勝ち筋を考えたいという意思です。
次に挑戦する事業では、好きや想いだけではなく、原価率、キャッシュフロー、再現性、採用難易度、30年続く可能性まで含めて考え抜く。
それが、これまでの失敗に対する、経営者として今とれる、最低限の責任だと思っています。
後悔を直視することが、次の設計につながる
2021年の私は、ファンビジネスへの憧れを強く持ちながら、事業構造の厳しさを十分に見抜けませんでした。その代償は、小さくありませんでした。
でもその失敗があったからこそ、経営とは何かを学べたとも思っています。
夢を見ることと、長く会社を経営することは、別の能力です。
そして、会社を守ることの方が、少なくとも私にとってはずっと難しい。
事業は、思想だけでは続かず、善意だけでも続きません。好きだけでも続きません。
続く事業には、構造があります。
守れる事業には、数字があります。
そして、関わる人を幸せにできる事業には、最初の設計があります。
2021年、私の甘さに対する後悔は、今も消えていません。
けれど、その後悔をごまかさずに直視することが、次の事業を、前よりまともに設計するための土台になると信じています。
今はまた、私のビジネスが作った経済圏の中で、少なからず前向きに、私や私のビジネスを否定せず、生活を営む人たちがいる。
その人たちのためにも、3事業目は、何年も続く、現場負担の少ない、そして何より成立する綿密に設計されたビジネスモデルを構築したいと思っています。
この文章もまた、過去を美化するためではなく、経営者としての判断の甘さを記録し、次に同じ設計ミスを繰り返さないために書いています。
2事業目で学んだことを、3事業目では必ず活かす。その積み重ねでしか、会社も、働く人の生活も、経営者自身の人生も、少しずつ守れないのだと思っています。