公開日:2025.12.30 更新日:2025.12.30
ありがたいことに、たくさんの案件をいただき、本日も稼働中です。
しかしせめて、コラムで1年を振り返る時間くらいは取ろうかと。
お久しぶりです、
ソラノデザイン合同会社、代表の角田です。
これからコラムを書く15分、久しぶりに仕事から少し離れ、
自社と自分を俯瞰で見て、振り返る。
私にとって大切な時間です。
隠さず言えば、今年は本当に「変化」があった1年でした。
イオンさんに店舗を出せたのは嬉しかったですし、
良く言えば、WEBのほうの事業では口コミが広がり、お問合せ数が劇的に増大。
悪く言えば、膨大な数の問い合わせ数に対して、企業としてどう対応すべきか、迷った年でもありました。
AIによる業界変化が近い昨今、
「将来給料出せる自信はありません」
「でも忙しいし手が足りないので入社して」などといった、
無責任な採用・増員もできなければ、
とはいえ対応リソースには限界があり、
「お客様」と、「採用・増員の意思決定」の間で悩んだ年でもありました。
顧客様にご迷惑をおかけするくらいなら、
お受けできない仕事はお断りする。
そんな「線引き」が必要なのか。
倫理的な決断を続けるべきなのか。
それとも、厳しい決断もする経営者に、なるべきなのか。
あらゆる分野においてではありますが、
「人としての正しさ」と「経営としての正しさ」の間で迷ったりもしますが。
「経営」と「人」との間で、考え、苦しみ続け、時には後悔しながら生きることが、
会社を守るという意味では、正解だと思っています。
「人として正しいのが正解です」
「経営として正しいのが正解です」
世の中、結論を出したがる人ばかりですが、
白黒決めれば良いってものではなく、
結論づけず、一生葛藤する正解もあると思っています。
2026年も、その事とは向き合う年になりそうです。
弊社を頼ってくれてる取引先様とその従業員様、
毎月契約している協力先さん、
WEBのスタッフたちと店舗のスタッフたち、
関わる人たちが多ければ多いほど、
簡単に「潰せない」のが、
簡単に「潰れる価値観を許容できない」のが、「会社」です。
また、小売事業の方は、
前述の通り、イオンモールさんに店舗を出させてもらうという大きな変化。
失敗すると会社も私個人も、危ういかもという意思決定。
流石に怖さもありましたが、
ブランドの成長を想うのであれば、取るべきリスクでした。
とにかく「ブランドの成功」を第一義に考え、投資、投資の日々。
小売事業の方からは、まだ1度も、自分の給料を取ったことはないのですが。
うまくいけば再来年には小売事業の方からも、
自分の給料が出るかもしれない、といったフェーズ。
そんな日々を過ごしてました。
もっと問い合わせに対応したいという気持ちと、
もっと早くブランドを成功させたいという気持ち。
20代の時のように働けなくなっている自分の体と頭。
努力が必ず報われるわけではないという現実と、
自身の才能と、能力と、市場と。
誰かのための努力は意味があったのか。
自分のための努力の方が良いのか。
など、いろんな葛藤。
色々考えましたが、
全体通して、この1年、
経営をして迷ったり悩んだりすることで、
現実を知れたこと、現実を学べたことは本当に大きかったです。
色々ありましたが、
大晦日間際に答えや、
引き際も見つけ、
いろんなことに折り合いをつけられた気がしますし、
「何に期待し、何を諦めるか、決めるためにあった1年。」だったと振り返ってます。
期待値が現実に合わせて調整された1年、という方が正しいですかね。
自分の能力も、在るべき立場も、見えてきた気がします。
まとめるのならば、
経営の面でも、ビジネスの面でも、
内面的な成長として、
「中庸」という考え方が、自分に浸透したのが2025年でした。
去年まで、物事を極端に捉えており、
よく言えば、
人を信頼しすぎ。
期待値が高すぎ。
世の中に期待しすぎ。
悪く言えば完璧主義、性善説すぎる、生活だった気がします。
比較的私は、自分の会社に思い入れが強い方です。
去年までは、冷めた目で資本主義を見ることはできず、
熱意を持って、人や資本主義や、会社を見ていました。
若さゆえですね。それが正しいと思ってたんです。
そういう経営をしていると、
モチベーションの源泉には困らない反面、
場合によっては、
「なんで人が人生を賭けて、取り組んでる会社を蔑ろにするんだろう。」
なんて思ったり。
熱意や性善説が空回りし、
「期待値を間違える生き方」をすることもありました。
それは、周りの人を不幸にする経営です。
しかし、そんな良くない経営をしていた、過去の自分は過ぎ去り、
この1年は良い意味で、
繰り返しになりますが、世の中に対する期待値調整ができた1年でした。
「そんなもんだよね。」
「立場が違えば、話は通じず、揉める。だからこそ戦争は2000年以上無くなってない。」
「相手の立場なんてお互い見てるようで、見えてない。」
「現実の見え方が、自分と違う人は世の中にたくさんいる。」
「報われない努力もたくさんある。」
「それでも頑張ってくれる人や、自分の努力を見てくれてる人もいる。」
「誰かのために頑張る人なんていない。」
「そんな世の中で、誰かのために頑張るなら、大怪我をする覚悟でやる。」
など。
あらゆる出来事を、現実に即した、
中庸な考え方で、捉えられるようになりました。
一見ネガティブに聞こえるかも知れませんが、
諦めたのではなく、
期待もしすぎず・諦めもしすぎず。
ほどほどに世の中に対して期待し、
ほどほどに世の中を諦める。
そうすることで、現実が見えてくる。
そんなものだ。しょうがない。
と、世の中を受け入れる。
現実に合わせて、ビジネスを作る。仕事をする。
そんな「中庸」と呼べるような状態に、
自分や自社を落ち着けられた年だった気がします。
仕事では、色んな人がいて、
立場も、見えてる景色も違う「集団」「取引」がメイン。
世の中には色んな側面があって、
必ずどこかとどこかが揉めていて。
誰かが誰かの批判をしていて。
誰かが誰かに優しくしていて。
資本主義という構造は結局のところ、競争で。
みんな自分の立場と、自分の事情を守りたくて。
決まっている牌と時間の取り合いで。
大手さんやお金を持っているところの方が、
当然対応できる時間もお金にも余裕があって。
人間関係に関しても同じように、
諦めすぎず、期待しすぎず。
あまりに現実の見え方が、
自分と違う人と出会えば、
無理に変わろうとせず、
無理に変えようとせず、
「関わらない」。
いや、「関わっても互いに幸せになれない。」が正しいですかね。
相手が変わるなんて、
誰かや誰かの人生を変えられるなんて、
思ってた若い頃の自分が傲慢。
世の中を変えられるなんて思うことも傲慢。
勝手に変えられるとか、思いは伝わるとか。
誰かの人生をポジティブにできるかもとか。
分かり合えるとか。
そんなふうに、自分を過信して世の中に向き合い、
勝手に自分にも他人にも期待し、
喜んだり落胆したり怒ったり。
若い頃経営を通して、そんな経験をして思ったことは、
それは、ある種の「傲慢」なんだということ。
勝手に期待して、勝手に落胆したり怒ったりしてるくらいなら、
現実を見よう。
期待値を現実に合わせて、しっかり経営しよう。
そう思うようになりました。
それは、私にとってとても大きかったですし、
経営をしていて学んだ、一番大切なことのひとつです。
若い頃は、それが正しいと思ってたんですけどね。
では、
自分も、他人も、世の中も変わらない中で、
どう生きどう仕事し、どう生活し、どう幸せになるか。
何を諦めて、何に期待するか。
同時に、「中庸」という言葉を、
言い訳に使って目の前の問題から逃げたりしない、
強い心を持てるか。
最近はそんなふうに、経営や日々を捉えられてます。
諦めたわけでも絶望したのわけでもなく、
期待しすぎず、諦めすぎず。です。
ビジネスモデルもその影響が現れてきまして、
チーム組成や事業計画の面でも、
「過度に期待せず、過度に諦めもせず、採用市場の平均値で回る、ビジネスモデルの構築。」
を私の本業と捉え、経営に向き合うことに。
それは社内であれ、外注先さんであれ、経営者である私本人であれ、その対象です。
そんな「中庸」だった、この1年。
とは言え初めて会った人や、
自分が初めて何かにチャレンジする時には、
「最初の一度」は期待してあげるくらいの良心は、忘れずに生きたいですけどね。
中庸だ中道だと思いながら、
それでもハードワークしたのは、以前と変わらぬ理由。
「ブランドを作りたかった」「良い会社を作りたかったから」です。
休みたい気持ちはあれど。
「休みたい」より「ブランドを作りたい」という気持ちが勝ってないってことは、
それは「ブランドを作りたい思ってない」と同義なんだよと、
私より年商が0二つほど違う、ある人に言われた事が大きかったです。
そりゃそうだなと思ったんですよね。
資本主義は所詮競争。
人口も世の中に流通するお金も変わらない中で、
パーセンテージを取り合う、スポーツのようなものです。
私より頭が良い。
私よりスキルと人脈がある。
そんなとんでもない人たちが、週7で働いてたり、
事業計画を本気で考えているのが、「ビジネスの市場」です。
例えるならば、大谷翔平さんやイチローさんが週7で野球に向き合う世の中です。
少なくとも私は、才能がない。
週7努力しなければ、
その資本主義という競争に、
パーセンテージの取り合いに、
取り残され、ブランドは消えゆくでしょう。
「ここまで頑張ったからなんとか」という意地もあるんでしょうが、
本気でこの会社と、ブランドをなんとか、納得できる形にして、世の中で長生きさせたい。
もう一つ、頑張った大きな理由は、AIです。
私も、もともと開発エンジニアの端くれ。
AIが今以上に進化した際、このWEB業界が、ホワイトカラー職がどうなるか。
なんとなく察しています。
というか、WEB業界の人たちは皆、何となく、
気がついてると思うんですよね。
みんな本当は気がついてるけど、見ないふりしてるだけな気がするんです。
AIは本当に、特に私たちWEB系の仕事を中心に、
働き方や世の中を大きく変えます。
希望的観測にすがらず、現実を見て、何か手を打たないと。
一度やってみましたが、
全てを犠牲し何もかもを守るなんて決断は、私には持てません。
経営者も1人の感情と健康を持つ人間。
ドラマの中の理想化された登場人物ではありませんし、
人間扱いされないなら、もしそんな目にあった時は、
経営的には守っても、感情的には許せないかもしれない。
しかし
「まだソラノデザインで働きたいしソラノデザインが好きだ」
「ソラノに何かを依頼したい」
そう言ってくれる人のためには、
そう言ってくれる人がいるうちは。
少なくとも私は、
例えば、「代表を交代する」などの意思決定をしてでも、
例えば、「大きな借金を抱えよう」とも。
何ふり構わず、この法人を生き残らせようかなと。
そう思ってる次第です。
一旦、AIに対する、生き残るための打ち手の一つが、小売店ですかね。
起業して、はや5年ですか。
個人的に、2026年は最後の勝負の年。
2026年という試合で、どれだけ結果を残せるかで、
この先の自分の「経営能力の伸び代」も見えてくるってものです。
もし私に才能があるなら、
30歳の段階で、一桁億のプロダクト、
35歳で、二桁億のプロダクトを、
一つくらいは持っているはずです。
顧客満足度も高いはずです。
持っていないなら、才能がないと、認めなければ。
来年33歳で、私が年商数億止まり、
いや、本質的にはお金じゃ無いですね。
自分たちが大切に作ったブランドおよび会社が、
「伸び伸びと世の中で生き残れない」なら、
「生き残るために無理をしないといけない」なら。
潔く「才能が無い」と諦め、
「”大きな目標を掲げず、ある程度世の中を諦めて生きる”決断」が、
会社を生き残らせる上で、会社を良いものにする上で、
必要なのかもしれません。
反面もし来年、一桁年商を上げられる、見込みや活路が少しでも見えたなら。
2027年も週7でビジネスしてやろうかな。なんて思っています。
中庸を覚え、価値観に変化のあった2025年。
落ち着いた心持ちで、しかし本気で、
結果にコミットしてみる2026年。
自分の人生の中で、程よく諦め、程よく期待する。
2026年は、そんな価値のある1年にできたらいいなと思っています。
末筆になりますが、皆様本年も、誠にありがとうございました。
恐れ入りますが、翌年も何卒、宜しくお願い申し上げます。